「みんな幸せそう」に見える年末年始〜ふと感じる孤独と、それを責めてしまう「恥」について〜
- Yoshimi Shimizu

- 2025年12月29日
- 読了時間: 3分
街はイルミネーションで輝き、SNSを開けば、家族や友人との楽しそうなパーティーの写真。
「Happy Holidays!」 「最高の1年でした!」
そんな投稿を見るたびに、 なんだか自分だけが世界から取り残されたような、冷たい風が心に吹き込むような感覚になることはありませんか?
「せっかくのホリデーなのに、予定がない自分は寂しい人間だ」
「みんなみたいに、心から楽しめない自分はどこかおかしい」
もし、そんなふうに感じているなら。 今日は少しだけ、その「孤独」と、その奥にある「恥(Shame)」についてお話しさせてください。
「楽しむべき」というプレッシャー
海外、特にアメリカのホリデーシーズンは、「家族や愛する人と過ごすもの」という圧力がとても強いですよね。 「喜びを表現すること」「感謝を感じること」が正義とされる空気感があります。
その中で、
パーティーや家族の集まりで、無理して笑って頑張っている自分
仕事で疲弊して、誰かと会う元気がない自分
日本に帰れず、ひとりで過ごしている自分
家族はいるけれど、心はつながっていない気がする自分
そんな状況にいると、私たちは単なる「寂しさ(Loneliness)」だけでなく、 「こんな自分はダメだ」という「恥(Shame)」を感じてしまいがちです。
「リア充じゃない自分」
「適応できていない自分」
この「恥」の感覚こそが、孤独をより深く、冷たいものにしてしまいます。
孤独は、あなたが悪いから起きるのではない
あなたが感じているその孤独は、あなたの能力が低いからでも、愛される価値がないからでもありません。
異国の地で、文化の壁と戦いながら、 言葉の通じない場所で、自分の足で立ち、 今日まで生き抜いてきた。
その「戦い」の休息期間に、ふと静けさが訪れているだけかもしれません。 あるいは、無理をして周囲に合わせるのではなく、 「今はひとりでいたい」と、あなたの身体が休息を求めているサインかもしれません。
この年末年始は、「何もしない自分」を許し、その「寂しさ」に優しく寄り添う
もし、予定が埋まっていなくても。 派手なパーティーの写真が撮れなくても。 あるいは、パーティーの中でふと孤独を感じてしまっても。
温かい飲み物を入れて、好きな映画を見て、好きな音楽を聴いて、 「今年はよく頑張ったな」と、自分自身を労ってあげる。 それだけで、十分すぎるほど素晴らしいホリデーの過ごし方だと思うのです。
「寂しいな」と感じたら、その寂しさを否定せず、
「ああ、私は今、人恋しいんだな。だれかとこの気持ちを分かち合いたいんだな」
と、ただその感覚と一緒にいてあげてください。
その寂しさは、あなたが誰かと深くつながりたいと願う、温かい心の証拠でもあります。
どうぞ、無理に楽しもうとせず、 あなたのままで、優しい年末年始をお過ごしくださいね。
そして、もしその孤独をひとりで抱えるのが重すぎると感じたら、 年明けにでも、いつでもお話ししに来てくださいね。 ここは、あなたが「鎧」を脱いで、ホッと一息つける場所です。



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